眩い満月が夜毎闇に浸食されていくように、果てる事ない欲望が心を侵していく。
 




愛しさに幾度となく肌を重ねても、心は通じ合うどころか凍えていく一方で……。










「あっ……ふ……うぅんっ……」


薄暗い月明かりだけが窓辺から差し込む。
生活感のない空間の片隅に置かれたベッドが、規則的な音を立てて軋んでいた。


痛みが麻痺していくと、快感に変っていくのだろうか。
愛しい人の香りがする白い枕に顔を埋め、
アレンは自分の後ろの窄まりから落ちてくる濡れた感触に、唇を噛み締めていた。
躊躇のない抽挿に背中を大きく撓らせながら、
口から漏れ出す嬌声を必死で堪えようとする。



「ひぃっ……っっ……くっ……うぅっ」



今日の神田はいつもより荒れていて、まだ充分に解れていない身体に、
無理やり己を捻じ込んできた。
そのためか、組み敷かれたアレンは痛みの方が先に立ち、
無意識のうちに涙が頬を零れ落ちる。


だが慣れとは恐ろしいもので、こうして何度も身体を重ねているうちに、
アレンの身体はすっかりこの行為に慣らされてしまったようだ。
 

神田も同様で、アレンが感じる部分を的確に突いては痛みを快楽へと導いていく。
言葉少ない恋人は、任務が終わるとこうして乱暴に恋人を抱くことが多かった。
 

AKUMAを破壊することで、囚われていた魂が解放され昇天していくのだという。
そして、それこそが自分たちに出来る魂の救済なのだと、
腕の中で鳴く白いエクソシストは甘い言葉を呟く。


 
───そんな魂見えやしねぇし、見たくもねぇ。



普通のエクソシストたちには、昇華される魂の姿など見えはしない。
AKUMAたちに囚われ、辛さや哀しさに悲鳴を上げる魂が見えないのと同様だ。
 

それが見えるのが幸せなのか、そうでないかは別として、
神田にはAKUMAを破壊する事が、
ある意味虚しい行為として心の端に残るようになってしまっていた。


そんな苛立ちを自分にぶつける事で、少しでも彼が救われるなら……。
 

アレンはそう思いながら神田の思うがままに身体を開いてきた。
だが、今はそれだけでない何かが神田の中に存在しているのがわかる。

 
焦り。苛立ち。焦燥。

 
言葉に出来ない何かに、彼は追い詰められている。
それは前にマテールで言っていた『あの人』にまだ会えないからなのか。
 

そして『あの人』が一体神田にとってどういう存在なのかを、
こういう関係になってもアレンはまだ聞く事ができずにいた。



「やぁぁっ……あっ……あぁんっっ!」
 


必死で声を抑えようとしているのに容赦なく最奥を突かれ、
アレンは悲鳴に近い声を上げる。
枕に埋めていた顔が、思わず大きく仰け反っては宙を仰いだ。



「何……考えてやがる……ベッドの中でぐらい、俺に集中してろ……」
 


神田はアレンの耳元で呟きながら、
一度抜きかけたモノをまた奥深くへと勢い良く埋め込む。
 

己の中で硬い塊が動き出すと、
アレンはすぐに身を捩りっては切ない喘ぎを紡ぎだす。
 

擦られ、突かれて、頭の中が快感だけに囚われていく。
無我夢中でアレンが神田の名前を呼ぶと、
その度に神田のモノが容量を増すのが判った。
 

この快楽は奈落の底まで続いているのだろうか。
そう思わずにはいられないほど、
後から後から激しい快楽が押し寄せては突き抜ける。
もう、しのごのと考えている余裕などなかった。



「ああっ……いっ……いやぁぁ……!」


 
大きな嬌声を上げ、身体を痙攣させる。
苦しいほどに張り詰めていたものが一気に弾け、
目の前が真っ白になるほどの快感をもたらす。



「……くっ……」


 
激しい締め付けに抗えず、神田もアレンの中で弾けると、
その白い肢体の上に静かに圧し掛かった。
愛しい相手の湿った吐息がすぐ傍で聞こえる。
不思議な安堵感と充足感。
 

それと同時に暖かいものが中に広がってくるのがわかり、
アレンはそのまま甘い溜息をひとつ吐くと、
意識を白いシーツの奥深くへと潜らせていったのだった。

 
 
───アレ? 僕、いつの間にか気を失ってたんだ……。
 
 

身体がまるで自分のものでないかのような気だるさを抱えながら、
アレンはベッドの中で眼を覚ました。
 

窓から差し込む朧月の微かな光が、隣で密かな寝息を立てる恋人を映し出す。
この人が自分の恋人だとは、未だにどこか信じられない。
 

漆黒の髪と凛とした顔立ち。
同姓の自分から見ても美しい人だと思う。
その美しい寝顔を眺めながら、そっと髪を手に梳くって唇を落とした。
 

普段は怒りの感情しか面に出す事のない無愛想な顔が、
自分との行為の最中は欲望に煽られた表情を見せる。
 

それが堪らなく嬉しくて、乱暴にされると判っていても自分の身体を開いてしまう。

 

───なんでこんなに好きになっちゃったのかなぁ……。

 

いつの間にか、彼に深く魅入られてしまっている自分がいた。
初めて会った時から、初めて会う気がしなかったから不思議だ。
 

出逢いの第一印象は強烈で、絶対に忘れる事などできやしない。
六幻の刃先で諌められ、鋭い瞳で射抜かれる。
その瞳は神秘的で、以前出会っていたならば絶対に忘れるははずなどないからだ。
 

冷たくされ、拒絶され、それでも何故か嫌いになれない。
自分に対してはいつも拒否的で、顔を合わせれば喧嘩ばかりしてしまう。
 
なのに、彼と話すことが嬉しくて、
こうして神田に抱かれることが必然であったかのように感じてしまう。
 

自分はずっと前から彼のことを知っていて、
大好きで、ずっとこうして一緒にいたいと思っていたような気さえする。
それはアレンにとってとても不思議な感覚だった。



「僕は…こんなにもキミのことが好きなのに…な……」
 


いつしかこうして身体を重ねあう、世で言う『恋人』という関係になっても、
神田のアレンに対する態度は何ら変っていない。


顔を合わせるとそっぽを向くし、何か話しかけると、甘い、ぬるい、煩いと文句ばかり言う。
ちょっとだけ二人で居る時間が増えた。それだけだ。
 

時には甘い言葉の一つも囁いて欲しい……そんな幻想も抱いてしまうが、
あの神田がそんな夢みたいなことをしてくれるはずもない。
 

好きになればなるほど、もっと相手を求めてしまう。
それは当たり前のことなはずなのに、自分が好きになった相手だけはどうも違うようだ。
 
 

───それでも、ただ無視されて、邪険に扱われるよりいいのかなぁ? 
 こうやってキミ触れて寝顔が見られるんだし。 
 このまま傍に居られるなら、いつか僕を……僕だけを見てくれるって、信じてていいよね?

 

そんなことを想いながら神田の寝顔を眺める。
 

すると。



「…………ん……アレ…ク………」

 

───え? 今ひょっとして僕の名前呼んだ?

 

額には僅かに汗が滲み、表情は何処か辛そうにしている。
だが、神田が夢の中でも自分の名前を呼んでくれるとは考え辛い
せいぜいモヤシとでも呼ぶぐらいだろう。


そんな風に考えていると、神田が再び何かを口にしている。
思わず耳を澄まして聞き耳をたるアレンだったが……。 



「……アレク……行くな……アレクっ!」



はっきりと、アレンではない他の誰かの名前を呼んだ。
 

そう、はっきり『アレク』と。
 

次の瞬間、悪夢でも見ていたかのように神田がベッドから飛び起きた。
そして、まるで何かを確認するかのように、部屋にあるあの蓮の花を見つめた。



「……ゆめ……か……」



蓮の花弁がまだ全て枯れ落ちていないことを確認すると、
ほっとしたように胸を撫で下ろし、
隣で複雑そうな顔をして見つめるアレンの方へと視線を向けた。



「起きてたのか……」
「う、うん……今さっき……」



……アレクって、誰ですか? そう問いただしたくても、
何故か言い出せずに、アレンは不自然に視線を泳がせた。



「どうした? 身体が辛ぇのか?」
「え? あ……えぇ……まぁ……」
「なら、さっさと寝ろ。……それとも何か? もう一度抱かれてぇのか?」
「ええっ! い、いえっ、今日はもう勘弁してください」



このままでは流石に身体が持たない。
そう思ったアレンは必死で両手を振って見せた。
そんなアレンを容易く懐に収めると、神田はぎゅっと胸元に抱きしめる。



「……なら……このまま寝ろ……」
「……はっ……はいっ!」



暖かい神田の腕。大好きな神田の香り。
普段こんな風に抱きしめて寝てもらうことなど滅多にないアレンは、
それだけでもう充分に幸せで、
今しがた感じた不安などすぐに何処かへ飛んでいってしまう。



「お、おやすみなさい……」
「……ああ……」



アレンは心の隅に小さなわだかまりを抱えたまま、
朝までのほんの束の間の幸せを味わうのだった。
 








  




                             
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